●能登半島地震活動報告【2】
(3月25日21:00頃)
市役所に教えてもらい、社会福祉協議会へ移動しました。
途中住宅街を走るが、ブロック塀の倒壊、ひび割れ、家屋、鳥居の倒壊など
大きな傷跡を残していました。
家々の灯りは少なく、みな避難所に行ってるものと思われ、通行人も少なかったが
車両は頻繁に走っていました。


社会福祉協議会は大きな福祉施設の1階にあり、ロビーには、毛布、緊急非難セットが積まれていました
3階が非難場所のようですが、写真はありません。
(あかつきは必要時以外、避難所には立ち入りません。)


Y氏などが、事務局長(後のVC本部長)と話し合いが持たれている間
残りのメンバーは復旧作業です。
まず、サーバーもあるPCラックが損傷し、サーバーはダウン、ネットも印刷も出来ない状態。
数百キロもある大きな棚が倒れ、起こせない状態になっていました。
PC関係は某メーカー勤務のT田さんが復旧。
棚はチーム絆風組隊長が、あっという間に解決しました。
話し合いの結果、少しでも早くボランティアへの対応をすべき、というご提案に対し
災害対策本部の指示があって初めて動くことが出来、それまでは待機、という結論に至りました。

(23:00頃)
輪島市を後にして、門前町M公民館に移動です。
ここは、いち早く炊き出しに駆けつけた富山のボランティアYさんが活動している場所です。
市街地から30分ほど、途中、小千谷からの後発花島さんと合流し、現地に向かいます。
門前に近くなればなるほど、道路の亀裂、マンホールの盛り上がり、橋りょうの継ぎ目の段差など
被害が大きくなるのがわかりました。
M公民館に行くには、道下地区を通過します。
目の前に、倒壊家屋が見えました。
ここの被害はひどく、かなりのお宅が損傷しています。これだけの被害で、けが人が少なかったのは
本当に奇跡だと思います。夜間ですが、報道関係者も数多く集まっていました。

公民館に到着。Yさんは近隣の避難所に移動していましたが、ここの住民でもあり、神戸の震災も経験、中越川口にてボランティア活動を展開した、頼れる石川県災害VコーディネーターのOさんと
お会いすることができました。
Oさんのお話では、「すでにボランティアセンター用として、ここ公民館、役場にテントを用意、すぐにでも
活動できる用意はしてある」とのこと、頼もしい限りです。
Oさんとの打ち合わせ後、外のテントにて住民の方がお茶を飲んでいて、お誘いに甘えてお邪魔しました。
皆さんも、これだけ大勢、しかも神戸、東京など各地から集まったボランティアに、最初は少し緊張されているようでしたが、お茶を頂きながら沢山の話を伺い、ほっとした顔も見られました。
ただ、やはりまだ当日の出来事であり、動揺は隠し切れません。
こんな静かな集落で、夜の12時近くまで起きている事自体、沢山の不安や苦労を感じ、胸の詰まる思いでした。
この話の中で、「倒壊した蔵にブルーシートを掛けたい」「かしがった車庫から車を救出したい」という
要望があがり、早速翌朝より活動することになりました。
こんなやりとりをしているその傍ら、NTTさん、一生懸命、臨時の衛星電話の設置に追われていました。
本当にお疲れ様です。

その後深夜、栃木より04救援隊長K氏が到着。
3時頃仮眠しますが、5時のサイレンで皆さん起こされる事になります・・
(あかつき東京 こばやし)