●能登半島地震活動報告【1】
京楽さん2日目、この日あかつきは、山古志、寺沢と移動する予定でした。
宿泊先のメンバー宅を出発し、しばらくすると大きな横揺れが・・
そのときは、皆、「余震」と思っていました。
何気なくテレビを見て驚きました。
「輪島で震度6強」の一報。
すぐに分かれたメンバーと合流します。
この時、11時時点で小千谷で集まっていたメンバー
HS神戸 吉村氏
あかつき こばやし、たかだ
小千谷自由学校 ケイジさん
だぁ先輩
ケイタくん
静岡沼津 花島さん
この中から、とりあえず能登に行けるメンバー
吉村氏、だぁ先輩、あかつき2人、が現地に向かいました。
途中のパーキングで地図を購入し、一路能登へ。
高速が富山より不通の連絡があったが、通過時は開通。有料道路は不通なので、小杉ICより
一般道にて向かいます。
高速走行時、各団体、ボランティアより絶えず連絡が入ります。



途中のスーパーで食料、ガソリンも満タンに。
一応、能登有料の料金所まで行くが、やはり通行止め。
強烈な渋滞を経て、穴水まで向かいます。
途中、緊急車両やヘリが多数通過していきました。
この渋滞が、あせる気持ちをクールダウンするよい時間になったと思います。
この時、先に現地に入った富山のYさんより連絡が入ります。
通過できるルートをおしえてもらい、とりあえず穴水までいく事になりました。
Yさんは15時30分には門前に入り、夕食の炊き出しをしていました。
今回最初に入ったボランティアだったと思います。




穴水に到着。ショッピングモールの駐車場にて打ち合わせ。
店は全て閉店。スタッフが片付けに追われていました。
ここから余震が多く、実績のあるルートも通過できるか不明のため、2手に分かれて
別々のルートで同じ場所を目指す、ということになりました。
その時、あかつきメンバーのこうちゃん(小千谷)よりTEL。
明日行くので、詳細を教えて欲しい、との連絡でした。
この電話をしている最中、震度5強の余震が発生。
穴水「余震だ、結構大きい」
小千谷「大丈夫?あ、今来た、ゆれてる。」
数秒遅れて、小千谷にも地震波が届きました。



(19:00頃)輪島市役所に到着。
災害対策本部~福祉事業を統括している市民課長さんとHS吉村氏で打ち合わせ。
市役所は混乱していましたが、そんななかでお時間を頂き、お話をしました。
ボランティアの必要性。
市内で対応しようという認識に対して、同じ震度6強であった、2000年鳥取県西部地震の例を挙げ
○この規模の震災では、屋根瓦はほとんど損傷を受ける。建物内部もめちゃくちゃで、片付けも必要。
屋根のブルーシート掛けや、片付けも必要だが、この作業だけで、高齢者は心労で倒れてしまう。
復旧には、多数のボランティアが必要となる。
今後来る物資も、行き渡るまで時間がかかる。この点でもボランティアが協力して対処する事が出来る
○新聞には、役場、社会福祉協議会の電話番号は掲載してはいけない。多数の電話で、業務が停止してしまう。
○全国のボランティアが、今か今かと待機しており、ネット等で情報収集をしている。この方々に
情報の供給が必要である。
○各団体、全国の社協さんも待機しているはず。一刻も早い対応が必要。
等、ボランティア活動についての打ち合わせをし、社会福祉協議会に移動します。




帰り際、自動販売機で飲み物を頂きました。
ボタン押せば出てきますとのこと。
「災害対応販売機ですか?」と聞いたら
鍵で回して出るようにしたと・・
お茶、水は売り切れで、コーヒーを頂きました。
ごちそうさまでした。

1階に下りると、物資第1号が搬入されていました。
カップラーメンです。その場にいた人間が協力して、迅速は搬入作業が行われました。



