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2007年03月06日

●第2回復興支援販売レポート【1】

中越地震より2年以上が経ち、現地でのボランティア活動も、長期支援に向けて、いままでとは少し違ったものになってきていますが
「県外から応援するには、何をすればいいのか?」を考えた結果、ひとつの答えが
今回の復興イベントでした。


中越の農産、物産品の販売を通じて、復興にわずかながらでも協力したい
顔の見える販売を通じて、食の安心感と、都市と農家の交流のきっかけとなれば
写真展示や防災パンフレット配布など、地域の防災にも協力したい
という思いがありました。


今回、一緒に販売することになった小千谷のお米農家のとしあきさんは、仲間のボランティアさんが2006年の豪雪時、雪堀りに応援に行ったことがきっかけとなりました。


まじめなお話はこのくらいにして・・・
汗と涙と笑いとお酒
復興販売奮闘記をレポートします。


1月下旬
としあきさんと打ち合わせ。
販売日は2月24,25日に決定しました。
さて、本当に売れるのか少々心配・・


2月11日、12日
お米の準備作業が始まりました。
2週間前となり、としあきさんはあわただしく準備中です。
あかつきも2名、作業に加わりました。
この日、別のボランティアは山古志で「越後雪かき道場」に参加中。(レポートは後ほど)
お礼に頂いたとある「銘柄」のお酒を宿に持ち帰ると、みな大喜び(笑)
どっぷり夜も更けていきました・・・・(これがきっかけ?でこばやし、不覚にも体調不良に・・)


2月17日、18日
長岡市蓬平温泉にて、「地域復興交流会議」が開かれ、あかつきメンバーが参加している
「蓬平 かやぶき古民家五郎兵衛」として参加しました。
少しだけ早めに会場を出て、歩いてすぐのお土産やさんのおばちゃんの所へ。
蓬平温泉には、商売の神様「高龍神社」があります。
この神社の麓にあるお土産やのおばちゃん。
震災から今までの出来事を俳句に綴っています。


※高龍神社のの入り口(がんばってますシールが張ってありました)








震災が起きた日のこと、鯉を一所懸命救出したが、助からなかったこと。
避難所での生活のこと、大地震があっても、ふきのとうはちゃんと芽を出すこと。
真夏、店の目の前で災害復旧をする工事業者さんのこと。


この俳句を見ていると、地震の怖さ、そして人のつながりの暖かさが伝わってきます。
今回の復興イベントのために、この俳句をお借りする約束をしていました。


おばちゃんは
「今回の地震では、沢山の人にお世話になり、私も何か恩返しをしたいのだが
体も思うように動かないし、何がが出来るのかずっと考えている」
とのことだったので
「おばちゃんが作った俳句は、震災のことを皆に知ってもらうのに、とても大切なもの
これを残してくれたことが、十分おばちゃんの恩返しになります」
というお話をしました。


このような会話の中で、「おばちゃんの俳句、みんなに見てもらいましょう」という事になり
今回お借りするに至りました。






上下の2枚の写真、上は平成17年10月のもの
下は平成19年2月のものです。
俳句のテーマも、だいぶ明るくなりました。


「いま、震災の俳句を書け、と言われても、もう書けないねぇ。
だから今思えば、書いといて良かったと思うよ」









その2へ続く・・

(あかつき東京 こばやし)










       


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