2004年中越大震災の最近のブログ記事


震災後8ヶ月が経ちました。中越も暑い日が続いています。

被災地の復興も、そのスピードは様々ですが一歩ずつ進んでいます。
農耕地、田んぼや畑になども、比較的被害が少ない場所はなんとか作付けが出来ていますが、
例年通りに作付けが出来ない所も沢山あります。

そんな方々の少しでも役に立てれば、そしてこれからも復興を応援し、みんな忘れていない、という想いを新潟に届けるために、支援団体「百尺竿頭」と連携し、ささやかですが東京都にて復興支援物産展を開催する事にしました。

経費を除いた売上金は、中越地区の住民の方々に還元します。今回テスト的な部分もありますが
軌道に乗れば今後とも継続的に開催し、現地の物産品を格安にて販売し、直接被災者の方々、新潟県の支援になればと思います。

日時・・・・2005年7月2日、3日
時間・・・・2日 PM1:00~19時半位(延長の可能性あり)
      3日 AM9:00~19時半位
場所・・・・東京都世田谷区松原3-42
      京王線下高井戸駅正面、下高井戸市場入り口

今回は、中越地区のパネル展示(南魚沼、中魚沼、北魚沼その他ボランティア活動の様子)
物産品の販売(民具、魚沼コシヒカリ試食販売等)
です。
物資、支援金等も募集しています。連絡先を教えていただければ、後日レポートをお送りします。

駅のまん前の為、スペースは狭いですが、東京の方々に中越の「今」、復興についてや、田畑の修復の難しさを知っていただけたらと思います。

※新潟からも1人、民俗文化に詳しい方が参加しますので、新潟に関心のある方、復興を応援している方現地にてボランティア活動をされた、現在も活動している方、是非是非遊びに来てください!
そしてあかつきボランティアネットワークのメンバーの方も是非遊びに来てください。名札を付けてやってますので、一声掛けてくだされば丁重におもてなし致します!!


こばやし(AVN東京)


全村避難となった旧山古志村(現長岡市)の文化や自然、人々の暮らしが収められたDVDを、NBTVさんがボランティアで製作し、山古志村民に配布されました。
この映像の1部が、新潟県ホームページにて期間限定でブロードバンド配信されています。
-----以下DVD紹介文より抜粋
「帰ろう山古志へ」
山古志は二十村郷とも呼ばれていました。
その由来は、20の村が集まったところ。
あるいは、「昔、自然災害により破壊的なダメージを受けて、再び立ち上がり、村を創り上げたから。」とも言われています。
2004年10月23日、中越地震により山古志の村民は全村避難をしました。
そして、2005年春、山古志村は長岡市に合併して、閉村となりました。自分達の家で、懐かしい景色の中で、閉村を迎えることのできなかった村民の心情を思うとき、一日も早く山古志が「ふたたび」新しく生まれ変わることを願わずにはいられません。
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配信はこちらをご覧ください。
新潟県ホームページ
みんなで帰ろう山古志へ


(その1より続き)
送電線ぼ鉄塔は、山の中にあるものが多く、震災当初は道路の状態も悪かった
為、現場まではヘリコプターで向かったそうです!ヘリ通勤ですね。
発着地は信濃川河川敷に臨時に作られたヘリポートで、民間のヘリ会社からチャーターするそうですが、予約殺到で一苦労とか。

※信濃川河川敷より飛び立つスーパーピューマとよばれるヘリ。政府専用機にもなるこの大型機は、車1台運べるくらいの力があり、資材もらくらく運搬です。
自衛隊も負けてません。これだけあちこちで飛んでいるのですから、うるさかったのですね(失礼)


工事現場では、まず建設予定地の木の本数から数えるそうです。

そして地主さんから土地を借り、木々を一括で買取り、今度は木こりさんの出番!そしてやっと基礎工事が始まります


震災より7ヶ月が経とうとしています。
ボランティアも、早い方は被災翌日より現地にて活動され、炊き出しから家屋の復旧、水害の泥のかき出し、雪ほり仮設住宅での訪問や集会所でのイベントなどなど、様々な活動ををしてきました。少なからず被災者の力になっているのかな、と思います。
春になり、現地では行政や地域などで復興について話合われています。
その復興にボランティアの力がほんの少しでも役に立つのであれば、これからも
みんな笑顔で現地に足を運ぶ事と思います。

震災直後から行動を起こしていたのは当然ボランティアだけではありません。
ライフライン、道路、鉄道、水道、電気、ガス、電話など、全国より応援部隊が集まり、不眠不休で復旧活動を続けた方たちがいました。
もちろんその中には自らも被災者でありながら、地域を想う気持ちや仕事に対する使命感で従事していた方々も沢山います。今回は、電力の基幹線である送電線が損傷を受け、その復旧活動に携わった方々の作業の様子を紹介したいと思います。

送電線とは、発電所で作られた電気が、各地域にある変電所まで行くまでの電気の道です。高い鉄塔が建っていて、遠くまで電線が延びているあれです。
場所は小千谷市某所、ここに「15万4千キロボルト」と「6千6百キロボルト」の送電線が通っていて小千谷市一帯の電力を賄っています。言い換えれば、ここが断線すれば小千谷市一帯が停電すると言う事です。

今回ダメージを負った鉄塔の近くに、新しい鉄塔を建て、送電線を迂回させる工事だそうです。
その数は10基近く、11月初旬より、雪の降る年末まで、この区間だけでも延べ4000人以上が雪が降る前に、と全力で働いていたそうです!
(続く・・)


先日隊長のえりから届いたメール、本人の許可を得て転載します。

新潟より戻りました!
Aさん(あかつきメンバー)は、山の事や山菜の事、季節のこと、新潟の人の想いなど、すごく分かるんでしょうね。
山ウドがおいしかったなぁ。きんぴらや天ぷら☆
クルミあえもおいしいらしいよ~。


こないだいった時、せっかくお土産にもらったけど足を怪我して山菜採りに行け
ないばぁちゃんに、ほとんど渡してきちゃった。
Mさんも今年は危険だから山菜採りに行くなと言われているとか。歳のせいかな。
だからあたしが復旧工事ついでに連れてってもらって採ってきた山菜が、Mさんも
ばあちゃんもハツモノだって喜んでいたよ。
山は、崖崩れで地形が変わってたけどやっぱり宝庫でした。
時期や場所にも依って採れるものは全然違うんだろうね。その辺はAさんがプロだもんね♪


山菜採りは慣れない都会もんにはなかなか大変だったけど、さすが地元の人はさ
っさかすごい斜面歩いて行ったりして。
割とついて行くのに必死でした(笑)情けない(^^;)


今も、おじさんたちは自分たちの力で農道の復旧工事をしてるんだろうな...。
右は崖下に崩落して、左は崖崩れで土砂が覆っているような、軽トラ一台がやっ
と通れる道を抜けて。
スコップを手に持って、一台の重機と、手作業で朝から日が暮れるまで、埋まっ
た道の復旧工事をしてる。
鯉や牛の世話をしながら、家の片付けをしながら...。


お母さんたちは、片付けとお茶のみかな。無造作に咲く庭のチューリップや水仙
がとても綺麗だった。その庭先で豆を干して、わらびを揉んで、一見すごくのど
かで平和な風景なのにね。青いビニールシートや、うまく閉まらなくなった扉が
、今までとは違うんだろうな。
そんな中でも、85歳ともなると、ただ悠然とあるがまま、閉まらないもんは閉ま
らない、仕方ねぇて、と、流れのままに受け入れているようにも見えたよ。

...携帯で長々と書いてしまった。すんません。空き時間だったもので...。
想いは溢れてるんだけどなぁ。。。


ではまた。。
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うち(あかつき)は、基本的に個々それぞれがそれぞれの場所(県外でも)活動し
その個々でネットワークを形成しています。
現地に入りボランティア活動をしている人もいれば、テレビでしか見たことはないが
復興に想いを寄せる人。様々な人がいます。
みな普段は仕事、学校があるので、それぞれのペースで活動しています。
想いはみんなそれぞれですが、全国よりずっと応援しています!


1歩ずつ、前へ前へ。


美しい山。暖かい人。やさしさあふれるあの新潟へ。


(AVN東京 こばやし)


中越地区において、広くボランティアの参加を受け入れていた最後のボランティア
センターでした。
ボランティアセンター閉鎖のお知らせ
※川口町ボランティアセンターより
今月をもって、川口町ボランティアセンターが閉鎖になります。

11月の初め、僕達も川口町で活動していました。
当時は町全体がそわそわしていて、住民の方も途方にくれているような状態の中で
全国各地から大量のボランティアが押し寄せていました。
自ら力仕事を買って出て、泥だらけになりながら土嚢を積む者。
参加期間、ただひたすら黙々とボラセン敷地内の掃除だけをして帰っていく者。
泣く事もたくさん。そして笑う事もあり。
限られた時間の中で、それぞれが自分の事のように、必死になっていました。

そして夜は、河川敷に臨時に作られたテント村の中で、初めて会う者同士が
旧友かのごとく復旧、ボランティアについて語り合いました。
それぞれの想いが、大きな流れになり、その流れの中で指揮を執ってくれた
ボランティアセンター。スタッフもまたボランティアですから、励ましあいの助け合い
で一日一歩戦ってきました。

そして想いの強さから、自らを省みず全力で活動する事によって、活動中に倒れて
しまったり、事故により亡くなってしまうという大変残念な事もありました。
亡くなった方のご冥福を心よりお祈りすると共に、この事を無駄にしてしまわない為にも、今後のボランティア活動のあり方も考えていかなければならないと思います。

今後、復興の段階に入ろうとしている中、「復旧」を目的とする組織的なボランティア活動は終わり、住民の方と密着した、息の長い復興支援活動が求められます。
阪神大震災で現在も活動されている「週末ボランティア」のような活動です。

今回のボランティア活動で、新潟を第2の故郷と思っている方もいるでしょう。住民の方の暖かさに触れた方や、風向明媚で美食美酒な新潟の素晴らしさを肌で感じた方も沢山いると思います。
今後も長期的に関わっていく方も多数いると思いますが、今まで川口町、そして中越
地域でボランティア活動をされた方には、いつかまた新潟へ帰ってきてもらいたいと
思います。
観光でもかまいません。皆で力を合わせて戦った、そして住民の方の頑張りで
チカラ強く復興していく新潟の姿を、是非その目で見て頂きたいと思います。

ここでひと区切りです。
頑張れニイガタ!
ボランティアさん、スタッフさん本当にお疲れ様でした!!

こばやし(AVN東京)

●半年・・・

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春になった。鮮やかな色が目立ち始めた。空の色、花の色、人々の服の色。

薄暗い冬から、やっと春になった。

真っ白だった雪景色も、いつの間にか家々が見渡せるようになってきたことだろう。
あの雪の山が...「こんなに沢山の雪、無くなるわけないと思うんだけんど、春になると不思議となくなるんだや」と、地元の方が話していた、あの大量の雪の山は徐々に消え、町並みが現れる。
今年はそれが、例年とは違う、新たな厳しい局面の始まりとなるのか。

今日、一本の電話があった。
「今どこにいる?また小千谷に来たら寄ってくれや。待ってるからな~」と。
最近自分の本業が始まり、新潟に行けていなくて、こうやって時々電話や手紙を頂いたりする度にどこか後ろめたい気分になる。待っててくれる人がいるという暖かさ、それに応えられていない後ろめたさ。
新潟のことがずっと心にひっかかりながらも、自由に動けない自分がいる。
ずっと、忘れないでいよう。できる限りのことを、かかわり続けよう。春になったら、またさらに大変になる・・・
そう分かっていたはずなのに、実際には月に一度くらいしか新潟に行くことができずにいる。
日々に追われ、文字や映像や声でしか、新潟のことを知る事ができなくて。
もちろん、現地に行くことだけが重要なのではない。先日某テレビ番組でも言っていた。
「全国の私たちもあの震災を忘れずにいることが、大切なことです」と。

忘れずにいること...

あの震災を忘れないこと。
だけど、大切なのは過去だけではない。
震災が起きた時、どれほど大変だったのか、どれほど辛かったのか、私に計り知れるものではないが、確かにあの震災で言葉では表せないほどのことがあった。
でも、大切なのはその時のことを、あの震災が起こった瞬間の出来事を忘れずにいることだけではない。
震災当時の写真集を見て、大変だったんだ、と思うことだけではない。

新潟の"今"を見なければ...。

今もまだ...というか、今まで以上にこれからが大変だということ、大変な想いをしている方々がいるということ、それを忘れずにいたい。

震災は確かに半年前のことだったが、「復興へ向けて!」と言っても、時間があの時のまま止まってしまった人もいる。
余震に心乱され、眠れなくなったり、仮設住宅で体調を崩したり、ふさぎ込んだり、考え込んだり...。
半年間、悩んで、苦しんで、浮上しては、また悩んで。目の前にある現実に、どこから対処したら良いのか途方にくれて、ぐるぐると同じところを回り続けてる人もいる。

過去のこと、ではない。

雪に覆い隠されていた傷が、また目に付くようになった。そして、雪のせいで新たな傷ができた。
まだ手付かずの家。出ないままの水道。田畑への道は車が通れないままだけれど作付けの時期は迫っている。

「春になったら片付けなくちゃ」と冬の間はとりあえず放置していた問題一つ一つに対応を迫られている。
冬の間、大雪でニュースで取り上げられたが、これから春になってどれだけの関心が向くだろうか。
仮設住宅入居の時のように「仮設に入ったからこれで一安心」と、"もう終わった"かのような印象を受ける報道もあった。今、「冬を乗り越えてやっと暖かい春になりました。めでたしめでたし」ではないのだ。

震災から半年、今日の新聞には他の沢山のニュースに埋もれ、中越のことはわずかしか載っていなかった。
まだまだ、人手が必要になる。今まで以上に...。

「これからだて・・・」そう言って新潟のお父さんは電話口でしばらく黙ってしまった。

忘れていないよ、という全国の気持ちが、少しでも前向きな力になれることもあるはずだ。
もう一度、自分にできることを考え直してみようと思う。

(AVN横浜 えり)


時事通信 4月23日
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 新潟県中越地震から半年となる23日、被災地の同県長岡市で、復興を願う巨大な花絵作りや音楽祭などのイベントが開催される。

 旧山古志村の人たちが暮らす仮設住宅近くの国営越後丘陵公園では、石畳にチューリップの花を敷き詰めて巨大な花絵を製作。赤、白、黄、ピンク、オ レンジの5色で、計8万5000本を使い、震災復興のシンボルとして7メートル四方のフェニックス(不死鳥)など3点の絵を描き、被災者を励ます。 
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詳細はイベント情報の方に載っています!


ボランティア保険の更新時期になりました。
現在は、活動班のこばやしが、代表して居住地の東京都社会福祉協議会にて
一括申し込みしています。
現在加入しているタイプは
〇天災プラン  660円
です。

こちらの保険は、申し込み代表者が東京在住であれば、他の申し込み者は全国
で加入でき、かつ全国でのボランティア活動の事故も補償されます。
対人、対物補償も付いていますので、被災地活動には必要かと思います。

通常、ボランティアセンターにて活動されている方は、1度でも参加すれば1年間
センター負担で加入できるようです。
当あかつきボラネットや、その他小団体、個人で活動されている方は、代表して
申し込みいたしますので、ご希望の方はご連絡下さい。
申し込み期限は特にありません。
効力は1年間、2006年3月31日までです。

AVN東京 こばやし
naoki_ko@akatsuki-vn.org


被災地仮設住宅居住改善ネットワーク長岡技大の木村氏を初めとして、建築の専門家、現地在住の方などが集まり、仮設住宅の
環境改善を目的としたネットワークが立ち上がっています。

現地調査の写真、問題の発生するメカニズムが掲載されており、非常に興味深いサイトに
なっています。

「仮設」とは言うものの、そこに住む方にとっては、財産と命を守る大切な「家」である事に違いありません。
新潟の方は、本当に我慢強いです。多少の事では音を上げません。代わりに声を上げる人は必要ですし
今後の災害に繋げる為の活動は非常に重要な事だと思います。

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